この間思いました。

わたしは、怒らないというよりは、怒らない道を選んでるんだな、と。


優しいとはよく言われる。でも、素直じゃないとか、逆に怖いとか、何を思ってるのかよくわからないとか、言われるかもしれない。

自分でも、そんな人とは居心地が悪いこともあるだろうなと思うんだけど、

からと言って取り繕ってるわけじゃないのよね。あくまでも自然とそうしている、そんな性格なので、もっと感情を出しなと言われてもとても難しい。


大人となった今、そういう性格が災いして何か困ったことが起こることはあまり無いが、

小さい頃は色々あったかなあ。まあ今でもそうだけど、めちゃくちゃナメられていた。


「何を言っても怒らないよね」とケタケタ笑いながら、ひどめな扱いを受けてた自覚がある。


もちろん何も思わないのではない。ただ、怒ることを選ばなかった。怒るか怒らないかの選択肢が目の前にあって、いつも怒らない方を選んだ。そっちの方がいいと思って。


自己分析してみると、それは平和主義で何か起こるのを避けている弱い自分がいるようにも思えるし、一方ですごく強いような気もする。


私は今でも怒らない派。怒らずに済む方法があるなら、そっちがいいと思う。ただ、何もせず放置するのとは全く違う。怒らずに、その出来事とは真摯に向き合うスタイル。どうしようもないものは無視でもいい。キリがない。


ただ、怒ることを我慢はしなくていい。「怒らないこと」と「怒ること」は対立ではない。私も、怒ってはいる。


こんな自分だから、大切なのは、いつもプリプリ気味な人との向き合い方かも。プリプリをあらわにされたとき、ただのプリプリと思わず、どこから来たプリプリなのか、どうしてプリプリなのかに鈍感にならないように。



えり


P.S.

朝はコーヒーとトーストを食べました