優しさが美しい人

最近テラスハウスを見てます。日本人の日常会話を英語字幕で見れるのが面白い!あと入居者の渡辺香織さんが憧れ!

それから、住んでいるイタリア人ペッペさんの言葉がいつも素敵だなと思って、感激しています。


一言で言えば、とっても優しい。そしてその優しさが、知的な感じもするし全くありきたりではない。目線が上からだったり斜めだったりしない。


例えば、絵が下手な人(あまりツッコめない雰囲気)の絵を見て、

「僕はこういう絵好き。ピカソのような画家は、一度このように敢えて下手に書くんだ。子供の気持ちになるんだよ」


すごい…こんな美しい優しさ、聞いたことない…


まず知識が無いとこういう感想は出てこないのはもちろん、ちゃんと自分の目線で良さを発見してて美しい。しかも、描いた本人を前にしてフォローで言っているわけじゃないという。


またある時は、信じられないくらい下手なパスタを作った人がみんなから馬鹿にされている中、

「イタリアでも有名なパスタは、最初に作り出されてから長い年月を経て定番になってきたんだ。だから君のも今は変に思われても、今後認められるかもね」


あれ…なんか涙出てきた…


この優しさ、本人にしてみれば優しさのつもりで言っているわけではなさそうなところも本当に美しい。


誰か笑いの対象が一人いて、場が白けて起こるユーモアというのは心が痛くなる。なんだかそういう場面ばっかりあるけど、それをフォローしている自分というのも「なんだかなあ」と思っていて。

フォローして「優しい人ですね」と言われても全く嬉しくないのは、「私は今、この人をフォローした」という優越感がそこに付きまとってしまうように感じるからだと思う。


だからペッペさんのような見方で人と接することは、それに対する1つのお手本というか、とにかく見習いたいなと思いました。


えり


P.S. 

でっかいハンバーガーを誰かと食べたいです。


留学をした私の考えがちな事

留学をしなかった時の私と、した後の私

考えることや感じることにやはり変化があるので、忘れないうちにその変化を記しておこうと思います。あんな大金かけて大変な思いしたんだから!それで得たものだから。


この間ヘアサロンに行きました。お洒落で居心地も良くて、素敵なスタッフさんがいて結果にも大満足。また行く。表参道のMilk marielってとこです。メンズにも人気らしい。宣伝しとく。


ヘアサロン業界では、きっと誰でも知ってる「外国人風」って言葉がある。そこに滅茶苦茶違和感を感じるというのが、変化の一つ。


日本でいうこういう類の外国人っていうのは、つまり色素の薄い髪色を持つ白人のこと。

外国人って、中国人もそうなんだけどな。アラブ系の人もアフリカンも、日本人以外はみんな。


美容師さん達とは私が留学に行ってた話で盛り上がったけど、外人てかっこいいって思います?て聞かれて、私の頭の中に出てきた外人の顔は、みんな肌の色も髪も異なり、国籍や人種のルーツも違う人達。中華系イギリス人のシャーロット、お世話になったジャマイカ二世のマックス、ケバブ屋のおっちゃん。


まあ、そこでいう外人が白人であることは明白なので(目の前にはファッション誌のfudge)、そんな事に突っかからず普通に会話は進むけれど、

留学をしなければ、同じように外人という単語を使っていたように思います。


これを私たち目線に例えるならば、海外でアジア人顔が流行ったらそれは「ストレートロングの黒髪に切れ長の一重、低めの鼻」を意味することになるでしょう。

しかも外国人風よりも狭義だからまだマシかも?実際、タイやフィリピンなんかも全然雰囲気違うけどアジア…。トルコってアジア?


日本(自分)がいかに欧米主義(白人主義)なのかに気づいた。私は雑誌のFUDGEが大好き。モデルは必ずヨーロッパ系の白人。それはいいとして、逆にアフリカ系の人やアラブ系の人がファッション誌に登場してるのを見たことがないと思った。わざわざ出すのはめっちゃ違うけど、そう、出す事になれば「わざわざ」という言葉がついてしまうくらい、もうそれは不自然な事なのだ。白人がモデルというのが、自然ということに、私たちの文化では成り立っている。


私が何を一番学んだかというと、それは、こういう偏見が悪だとかそういうことでは全くなくて、

気づきというのは、生身の肌で感じなければ生まれないのだな、ということです。


こういう隠れた偏見話というのは、ジェンダー論や外国人問題とかが注目されてダイバーシティが広がる今ツイッターとかで散々騒がれてるはずなのだ実際。

でも、自分がこの目でそれを目の当たりにしなければ、全くしっくりこないのだ。


私は、自分が外国人として一年生きてやっとわかったし、中華系イギリス人の友達が行く店先々で「何人?」と聞かれているのを目の当たりにしてやっと違和感を得たのだ。


世間では、何かを主張している人がたくさんいる。なんの話?って思ったり、それ必要?て思ったりする。でも、そう思うことって、自分がなんの関わりも持たず生きてきた事を急に騒ぎ立てられたから、なんだよ、て反射的に思ってしまうだけなのかもしれない。

無知だから

私は無知だと思う。世の中には私が知らない事が沢山ある。100歳生きたって知らずに終わる事が、きっとごまんとある。


逆に言えば、私が知っている事なんて「私は無知だ」ということだ。これは間違いない。


だから、白黒つけようなんて、思わないの。もともと狭い視野を、余計に狭めてしまうのは、恐ろしいことに思えるから。そして、誰かを傷つける。


私が特に思うのは、身の回りには想像できないような状況とか事情というものがあるんだ、ということ。


例えば私は、精神的な病を患うことやその周りの人の苦労を知らない。


介護施設の現状を知らない。


仕事で精神を病んでしまうことを知らない。



知らないのだけど、こうして文字に起こせるのは、大人になるにつれて少しずつその世界に触れるようになったからで。申し訳程度に垣間見たときに、すごく驚いてしまった、「そっか…そっか……」っていう、言葉にできない感じ…


きっと、こんな風に文字に起こすことすら出来ないような知らないことが、世の中には蔓延していると思って。


だって、テレビとかでやっている。精神病で苦しんでいる人のことも、貧しい国の人々のことも。でも結局は他人事、自分のことで精一杯だから。


それでいい。でもその代わり、想像力を欠いて好き勝手に他人に口出しをするのはとてもナンセンスだからやめろと思う。


「職場のストレスで自殺とか、そんな事で?って思うよねー」

目の前でそんな会話が始まって、サブイボたった。何も知らない人達が、勝手に人の苦しみを蔑ろにしている。


身近な事だと、女の私でも生理痛の苦しみは想像し難い。自分はそんなに重くならないから「いってえええええええ」となりながらも仕事はできる。でも気を失ってしまうほど苦しんでる人が周りに少なくない。生理休暇は私には必要ないけど、必要としてる人は沢山いる。女性に向けたものではなくて、必要としている人に向けたもの。


想像力は、自分が生きやすくなることにも大事だと思う。非常識な事を受け入れるのって難しいけど、こういう事情なのかなって思えるだけで、変にストレスを感じずに済むよね。ああなるほどね、急におしり破けちゃったら遅刻は仕方ないね、その苦しみはわからないけど、大変だったね、中々言えないよね。


えり


P.S.

京都行きたいよー

彼氏は、ちゃんと理由があって私のことを好きらしい。私は、そういうことが、今ではすごく気に入っている。


一体誰が、 愛は理屈じゃない  なんて言い出したんだろう。言葉にできないくらい複雑なものだから、理屈としてまとめられなくてそうなっただけなんじゃないか、そんな気がする。


理屈じゃないなんて台詞があまりに一般的だから、最初に彼が理由があることを教えてくれた時、私はいまいち腑に落ちなかった。もっと愛情に満ちたような反応は無いの?何だか冷たくない?と。


相変わらず、理論に固執するのねえ、なんて思った。


けれど今は、理由がちゃんと見えているという彼は、とても信頼のできる人だと思っていて。愛情が、胡散臭くない。


周りの話を聞いていると、私は懲りずに面倒な事にも向き合ってきた方なのかもな、と感じる。普通なら別れていたような場面を、何度も経験したかも。


紛れもなく私と彼2人の努力の積み重ねだが、何故その努力が続いたのか、それは、少なくとも私は「知りたい」と思っていたからだ。


なぜ彼は怒るのか?知りたい。

なぜ私は悲しいのか?知りたい。


なぜ彼は「愛に理屈はある」というのか?それはどういうことなのか?

知りたい。


こうやって知りたい知りたいと思ってきた。大変でも、面倒だと思ったことはなかった。


彼は一風変わった事を言う人に見えるけど、実はそうではなくて、ちゃんと自分で考えてる人なんだな。受け売りではなく。胡散臭くない。そういうところが凄く良い。


話は全然変わりますが、凄く根暗な事を言うと、ザ・スクールカースト上位みたいな人達、すごい胡散臭く見えたな。なんでだろ。知りたい。



えり


P.S.

情熱があることはとっても素敵なことなのに、たまにその情熱がめちゃくちゃ胡散臭くなっちゃってる人もいるよね。なんで?

この間思いました。

わたしは、怒らないというよりは、怒らない道を選んでるんだな、と。


優しいとはよく言われる。でも、素直じゃないとか、逆に怖いとか、何を思ってるのかよくわからないとか、言われるかもしれない。

自分でも、そんな人とは居心地が悪いこともあるだろうなと思うんだけど、

からと言って取り繕ってるわけじゃないのよね。あくまでも自然とそうしている、そんな性格なので、もっと感情を出しなと言われてもとても難しい。


大人となった今、そういう性格が災いして何か困ったことが起こることはあまり無いが、

小さい頃は色々あったかなあ。まあ今でもそうだけど、めちゃくちゃナメられていた。


「何を言っても怒らないよね」とケタケタ笑いながら、ひどめな扱いを受けてた自覚がある。


もちろん何も思わないのではない。ただ、怒ることを選ばなかった。怒るか怒らないかの選択肢が目の前にあって、いつも怒らない方を選んだ。そっちの方がいいと思って。


自己分析してみると、それは平和主義で何か起こるのを避けている弱い自分がいるようにも思えるし、一方ですごく強いような気もする。


私は今でも怒らない派。怒らずに済む方法があるなら、そっちがいいと思う。ただ、何もせず放置するのとは全く違う。怒らずに、その出来事とは真摯に向き合うスタイル。どうしようもないものは無視でもいい。キリがない。


ただ、怒ることを我慢はしなくていい。「怒らないこと」と「怒ること」は対立ではない。私も、怒ってはいる。


こんな自分だから、大切なのは、いつもプリプリ気味な人との向き合い方かも。プリプリをあらわにされたとき、ただのプリプリと思わず、どこから来たプリプリなのか、どうしてプリプリなのかに鈍感にならないように。



えり


P.S.

朝はコーヒーとトーストを食べました

対価を払う

対価を払う、ということを人から教わったのは割と大人になってから。その重要さを知ってからは、私の中で1つのルールとして、行動の指針となったりしている。


1つ例を挙げれば、カフェ利用。例えば友達と時間を潰すのに入った時、1人一品何かを買うのは、私の中では当然のルール。


これが案外そうでもない人がいて、おそらくお金がない若い世代だから尚更かもしれないが、「友達が買うなら私はいいや」という人も見かける。


お店を利用させてもらうその対価として、お金を払う。シンプルでありながら、実は忘れがちなことなのかもしれない。


私だって、最近までそういうことはよく考えずに生きてきた。ルールとしてなんとなく抱いてはいたが、それは昔から母が「何か買いなさい」と毎度言っていたからで。

母がこの理屈でそうしてきたのかはよくわからないけど、ある日この対価の話を彼がちらっとしていて、物凄く学んだ気分になった。


身の回りに溢れるもの、きっと色んな人が予想以上の時間をかけて出来たものだ。その一杯のコーヒーは、発案した人、豆を選んだ人、淹れる人の時間がかかって出来たものであり、淹れるのに必要な物や提供する場のコストがかかっている。そこで働いている人は、お客さんの出入りで生活している。人が来れば仕事は忙しく、トイレも汚れるが、対価と引き換えにその仕事をしている。


お金が発生すると、次元の違う話のように感じがちだけど、この対価の話は私が普段から大切にしている「想像力」の話と同じように語ることができそうだ。


何が言いたいのかというと、私は人から手紙をもらった時に、

「私が読むのの何倍もの時間をかけて文章を考えてくれたんだ」

「このステキなレターを選ぶのに複数の店へ出向き、買ってくれたんだ」

「渡してくれた後でも、ああいうことを書けばよかった…なんて、思ってくれているかも」

なんて、想像力を働かせながら読んでいる。幸せになって、私も相手にそれ以上の事をしてあげたいと感じる。


対価 という言葉が相応しいかわからないが、こういう事を考えられれば物のありがたみがわかる。そんなに違う話ではないと思った。


コンビニでトイレを借りるのはいい。でも買い物をするのが私の中ではルール。トイレ掃除って誰でも嫌がるけど、店員さんがしてるんだよね。



えり


P.S.

色鉛筆が欲しい


好みのタイプ

ひたすら好みのタイプについて言語化してみる。


まず、気怠い雰囲気の人が好き。ダメなやつですね…


見た目で言えば下まつ毛が長くて、目が死んでる感じ…?とりあえずまつ毛長くて陰な雰囲気をまとった人、好きです。キラキラしてないタイプ。夜が似合う的なね。


落ち着いてる人が好き。あまり騒がない人。


人付き合いで言えば、少し遠くからみんなを見てるような立ち回りの人に惹かれるのかもしれない。


ユーモアは欲しい。

ボケよりツッコミ。


タバコは、吸って欲しくはないんだけど、似合う人かっこいいなと思う。


細めが好き。

シャープな感じがすき。


メガネが似合う人もイイ。


知的な印象の人、すき。


いい匂いの人、素晴らしい。


人前で脱がない人がいい (笑)


好き嫌いはしないで欲しい。別にいいけど、恋人にはしたくない。「この人好き嫌い多いんだ」ってわかった瞬間、もう違う。


自分が苦手なもんだから、数式解いてる姿とかはグッとくる(笑)(笑)

英語は別にできなくていい。数式解いてて。


センスいいなって思うと、魅力的かも。感覚がモノを言う作業が得意な人というか。


すごく具体的だけど建築家とか無条件にかっこいい


落ち着いて食べ物食べれる人、理想。


褒め上手だと幸せ。


涼しげな人イイ。

あと、部屋着フェチです。部屋着が可愛く似合っちゃうともうたまらん。クタッとしたTシャツにゆるいスウェットズボン、たまらん。




読んでくれた人、お付き合いありがとうございました。


えり


P.S.

えりの気まぐれブログでした。(シェフの気まぐれサラダ的なノリですわかれ)